「櫻花同士會 令和7年度 研修旅行」報告

櫻花同士會研修旅行の編集後記を象徴する、市ヶ谷・館山・木更津・靖国とたまご丼を重ねたコラージュ画像
目次

出発~集合

櫻花同士會の研修旅行で北浦和に集合

10月3日(金)、午前8:00に北浦和駅西口NTT前に集合。貸切バスにて出発し、今回の最初の目的地である市ヶ谷駐屯地へと向かいます。

旅のスタートから雰囲気が一気に研修モードとなり、参加者の皆様も期待感を胸にバスへ。車内で改めて本研修の目的をご説明させていただきました:「自衛隊との連携・理解を深め、会員相互の親睦を図る」こと。

市ヶ谷駐屯地 大本営地下壕を見学 〜地下に刻まれた日本の記憶〜

市ヶ谷駐屯地見学

「地下にもう一つの市ヶ谷がある」

櫻花同士會の研修旅行では、陸上自衛隊 市ヶ谷駐屯地の敷地内に眠る大本営地下壕を見学しました。

ここは、太平洋戦争末期に**大本営陸軍部(陸軍省・参謀本部)**が移転してきた際に、防空対策として建設されたものです。

外観からは想像できませんが、地中深くに広がる通路と部屋はまるで迷路のよう。
現在は一般公開されていない区画も多いものの、案内を受けながら一部を特別に見学させていただきました。

ひんやりとした空気、残る当時のままの壁面

室温は約13〜15℃、湿度は90%前後。

自然換気がほとんど効かない地下壕特有の環境が保たれており、外気との差に思わず息をのみます。

壁面はコンクリートのまま、ところどころに当時の電話線・電灯の配線跡が見られ、戦時中の緊迫した空気を今に伝えています。

足元の土は湿っており、歩くたびにわずかな音が反響。静寂の中で聞こえるその音が、より一層歴史の重みを感じさせます。

歴史の転換点となった「昭和20年8月10日」

終戦が迫る昭和20年8月10日、陸軍大臣はこの市ヶ谷の大本営地下壕に将校らを集め、

前日に行われた御前会議で昭和天皇が下されたポツダム宣言受諾の聖断を伝えたといわれています。
この瞬間こそ、長き戦いに終止符を打つ決意が、初めて軍内部に正式に伝えられた場面でした。

静まり返った地下の空間で、その言葉を受けた将校たちの胸中はいかばかりであったか――
市ヶ谷の地下壕は、まさに“戦争の終焉”を告げる歴史の証人なのです。


見学を通じて、隊員の方々が日頃どのような環境・設備で任務にあたっているかを体感でき、普段我々の視点では気づきにくい「裏側」「備え」の重要性を強く感じる時間となりました。とりわけ、戦時中の大本営体制をも視野に入れた地下壕施設では、「備えること」「隠れること」「継続すること」の重みが胸に迫りました。

市ヶ谷記念館を訪ねて 〜歴史の重みと平和への祈りを胸に〜

市ヶ谷駐屯地見学2

戦後日本の転換点を象徴する「市ヶ谷記念館」

櫻花同士會の研修旅行では、自衛隊の中枢のひとつである陸上自衛隊 市ヶ谷駐屯地を訪問しました。

この地は、戦前は陸軍士官学校・陸軍省・参謀本部が置かれ、戦後は**極東国際軍事裁判(東京裁判)の舞台となった歴史的な場所です。

現在、その歴史を後世に伝えるために整備されたのが、今回見学した「市ヶ谷記念館」**です。
建物の中に足を踏み入れると、まず目に入るのは荘厳な階段と、当時の様式を忠実に復元した装飾。

かつて東京裁判の法廷が設けられた大講堂も再現されており、その重厚な空気感は、まるで時が止まったかのような静けさを感じさせます。

東京裁判の法廷が置かれた「大講堂」

ガイドの方の説明を受けながら、私たちは大講堂の再現室を見学しました。

壇上には裁判官席、弁護席、被告席などが当時の図面に基づいて忠実に再現されており、70年以上前の緊迫した空気が今もなお漂っているようでした。

参加者からは、

「テレビや教科書で見た法廷が、実際にこういう空間だったとは…」

「ここで日本の戦後の方向が決まっていったのかと思うと、胸に迫るものがある」

といった感想の声が上がり、誰もが静かに歴史と向き合う時間となりました。

市ヶ谷記念館の展示内容

館内には、明治から昭和にかけての陸軍関係資料、自衛隊創設に至る過程、そして市ヶ谷の変遷を示す貴重な写真や模型が展示されています。

また、昭和46年の三島由紀夫事件に関する資料も一部紹介されており、この地が常に日本の「節目」に存在してきたことを感じさせます。

特に印象的だったのは、ガイドの方が語った言葉です。

「ここは“戦争の記録”ではなく、“平和を守るための記憶”を残す場所です。」

その言葉に、多くの参加者が深くうなずいていました。

記念館の建築と保存活動

市ヶ谷記念館は、もともと旧陸軍士官学校本館の一部を移築・復元した建物です。
その外観は白い石造りの洋風建築で、戦前のクラシカルな雰囲気を色濃く残しています。

戦後一度取り壊されかけたものの、歴史的価値を後世に残すために保存が決定され、現在の形で再建されました。

正面玄関の上には「防衛省」の文字。
新しい時代の防衛の中心として生まれ変わった今も、過去の記憶と教訓が確かに息づいています。

見学を終えて

市ヶ谷記念館の見学は、単なる「建物の見学」ではなく、日本人としての原点に立ち返る体験でした。

戦争を経て平和を築いてきた先人たちの努力に思いを馳せ、私たちが次の世代に何を伝えていくべきかを考える貴重な時間となりました。

櫻花同士會の参加者一同も、それぞれの胸に静かな感動を抱きながら記念館を後にしました。

見学後は、防衛省正門前で記念撮影を行い、次の目的地・木更津へと向かいました。

昼食:木更津・「宝屋」さんにて

木更津の宝屋にて昼食


昼食は木更津・創業明治30年の老舗「宝屋」にて、「あさり御膳」を含む会席形式で。添付資料には「名物は『あさり御膳』」「食材へのこだわり」という記述があり、100年を超える伝統が感じられます。


落ち着いた和の雰囲気の中、研修の前半を振り返りつつ、会員同士の交流も深まりました。料理の合間に、隊員の皆様、あるいは今回の見学先で受けた印象について互いに感想を述べ合う時間も設け、「見学+懇親」の意義を体現したひとときに。

館山航空基地を訪ねて 〜海と空を守る南の拠点〜

館山航空基地見学

青空の下、館山へ

櫻花同士會の研修旅行は、「宝屋」を後にし、南房総・館山へと向かいました。

太平洋を望む海上自衛隊 館山航空基地は、首都防衛と災害派遣の両面で重要な役割を担う航空拠点です。

当日は晴天に恵まれ、海風が心地よく吹く中、緊張感と期待を胸に見学が始まりました。

館山航空基地の概要

館山航空基地は昭和14年(1939年)に旧海軍航空基地として開設され、戦後は海上自衛隊の管轄となりました。

現在は第21航空群を中心に、哨戒ヘリ「SH-60K」などが配備されており、
海難救助・災害派遣・防衛警戒など、多岐にわたる任務を担っています。

航空機の格納庫や整備施設を目の当たりにし、
「基地」という言葉の裏にある日々の努力と緊張感に、参加者全員が静かに見入っていました。

南極の氷と石との出会い

見学のハイライトのひとつは、南極観測支援展示コーナー

ここでは、南極観測隊の活動紹介とともに、実際に持ち帰られた南極の氷と石が展示されています。

氷に手を当てると、静かに音を立てながら溶けていく――
「これは何万年も前の空気を閉じ込めた氷です」と説明を受け、
その場にいた全員が思わず息をのむほどの神秘的な時間でした。

この氷を通じて、地球規模で環境を守るという自衛隊の一面を垣間見ることができました。

館山航空基地史料館

敷地内の「館山航空基地史料館」では、旧日本海軍の航空史から、
戦後の自衛隊創設、災害派遣活動の記録まで、貴重な資料が展示されています。

零式水上偵察機の部品、旧飛行服、通信機器など、
一つひとつに「空を守る人たち」の歴史と誇りが刻まれていました。

特に、東日本大震災時の災害派遣活動写真は胸を打つものがあり、
「誰かを守るために飛ぶ」という使命感が伝わってきます。

参加者からは、

「この基地が、普段の生活の“安心”を支えていることを実感した」

「南極の氷の展示がとても印象的だった」

といった感想が多く寄せられました。

宿泊:館山温泉「千里の風」

館山温泉「千里の風」で宿泊

館山航空基地の見学を終えた一行は、南房総の海沿いに佇む**館山温泉「千里の風」**へ。

穏やかな館山湾を望む高台に建つこの宿は、「海の絶景と食の贅沢」をテーマにしたリゾート型温泉旅館です。

ロビーの一角には、ひときわ目を引くドラムセットの展示が。
案内板には「館山出身の世界的アーティスト “X JAPAN YOSHIKI”」の紹介文が掲げられており、
そのドラムは、学生時代に使用していた実物として展示されていました。


宴会では、見学の感想発表を通じて、参加者全体の和が一気に深まりました。温泉旅館ならではのリラックスした空気の中で、日常とは少し離れた「研修旅行らしさ」をしっかり感じていただけたことと思います。

木更津駐屯地・航空祭予行見学 〜迫力と誇りが交錯する、陸の翼の祭典〜

木更津駐屯地で航空祭予行の見学

小雨の中、木更津へ

研修旅行2日目の朝、櫻花同士會の一行は、館山から北上し陸上自衛隊 木更津駐屯地へ。

目的は、2025年度 航空祭の予行見学です。

当日は朝から雨模様。

基地の上空を飛び交うヘリコプターの音が響き渡り、
すでに滑走路周辺にはカメラを構える見学者の姿も。

一行の胸にも、自然と高揚感が広がっていきました。

木更津駐屯地とは

千葉県木更津市にある木更津駐屯地は、陸上自衛隊 航空学校・第1ヘリコプター団の拠点として知られています。

国内最大級のヘリコプター運用基地であり、災害派遣・人命救助・物資輸送など、
陸自航空部隊の中枢を担う存在です。

2025年は、新型輸送ヘリCH-47JA改良型やV-22オスプレイの運用が進む中で、
訓練の実演や救難デモンストレーションも一段と注目を集めていました。

迫力の飛行展示


午前10時、航空祭予行がスタート。
上空ではエンジン音が重なり、体の芯まで響くような轟音が辺りを包みます。

登場したのは大型輸送ヘリCH-47JA チヌーク

二重反転ローターを回しながら堂々と旋回する姿に、
会場からは「おおっ!」という歓声が上がりました。

さらにこの日は、注目のV-22オスプレイも登場。
固定翼モードで上昇した後、ホバリングモードに切り替わる瞬間は圧巻で、
参加者の多くが思わずシャッターを切っていました。

展示機見学

地上では、輸送ヘリや観測機の展示ブースも見学。

実際に機内に入って操縦席を間近に見る体験ができ、
隊員の方が「操縦桿の役割」「計器の見方」を丁寧に解説してくださいました。

見学の最後には、基地正門前で記念撮影を実施。
青空とヘリの隊列を背に撮った写真は、旅の思い出として今も鮮やかに残っています。

木更津の空に込められた思い

この航空祭予行を通じて、私たちは改めて感じました。

それは、「平和を支える力」は、見えないところで日々磨かれているということ。

空から人を守り、物資を届け、災害に立ち向かう——。
そのすべてを可能にしているのが、木更津の空を翔ける隊員たちの努力です。

「訓練は派手に見えるけれど、目的は“守る”ことなんです。」

その言葉が、心に深く残りました。
“観客”としてではなく“理解者”として見学できる機会という点で、研修としての価値が高かったと思います。

昇殿参拝:靖国神社 〜静寂の中に宿る祈りと感謝〜

靖国神社参拝

旅の締めくくりに、靖国神社へ

館山・木更津の見学を終えた櫻花同士會の一行は、東京・九段北にある靖国神社を訪れました。

緑に包まれた参道を進み、青空の下に堂々とそびえる大鳥居をくぐると、
その空気は一瞬にして静まり返り、まるで時間がゆっくり流れ始めたかのようでした。

この日は、特別に**昇殿参拝(しょうでんさんぱい)**として、拝殿の奥に進み、正式な作法でのご参拝が行われました。

全員が正装で整列し、厳かな雰囲気の中、神職の方の先導で本殿内へと進みます。

靖国神社とは

靖国神社は、明治2年(1869年)に明治天皇の勅命によって創建されました。

国家のために命を捧げた人々の御霊(みたま)を慰め、
その功績を永遠に称えるための神社であり、現在では約246万6千柱の英霊が祀られています。

境内には、戦没者の遺品や記録を展示する**遊就館(ゆうしゅうかん)**も併設され、
訪れるたびに「平和の尊さ」を改めて感じることができます。

厳粛な昇殿参拝の儀

昇殿参拝は、一般の参拝よりも一段奥の拝殿(はいでん)内部で行われる特別な儀式です。

神職による祝詞奏上の間、参列者全員が深く頭を垂れ、静寂の中で祈りを捧げました。

「戦争のない平和な時代を生きていること」

「今を支えるすべての人々への感謝」

その思いを胸に、櫻花同士會の代表が真摯に玉串を奉げました。

神職からの説明では、

「靖国の“靖”は安らかを意味し、“国を靖(やす)んずる”という願いが込められています」

との言葉があり、その語源に込められた平和への祈りが印象的でした。

八千代食堂で味わう“母の味” 〜靖国神社に息づく、やさしさの一膳〜

昇殿参拝のあとに訪れた安らぎの場所

靖国神社での厳かな昇殿参拝を終えた櫻花同士會の一行は、
境内の静けさに包まれたまま、神門のすぐそばにある**「靖国八千代食堂」**へ足を運びました。

張り詰めた空気がゆるやかにほぐれ、
鳥居の向こうから吹く柔らかな風に導かれるようにして暖簾をくぐります。

そこには、どこか懐かしい香りと“家庭のぬくもり”が漂っていました。

八千代食堂とは

八千代食堂は、靖国神社の境内にあるお食事処として、
参拝者や遺族会関係者から長年親しまれてきた老舗の食堂です。

創業は戦後まもない昭和の時代。
「心を込めた一膳を、訪れる人に」という思いのもと、
手作りの味で“平和のありがたさ”を伝え続けてきました。

店内には、木の温もりを感じる落ち着いたテーブル席が並び、
大きな窓からは靖国の緑がやさしく差し込みます。

ふんわり卵が包む、懐かしさの一膳

名物は、鹿児島県知覧の富屋食堂で「特攻の母」と慕われた鳥濱トメさんの玉子丼。
トメさんのお孫さんの鳥濱明久氏の総監修を経て、当時の味をそのままに再現致しました。
現在はトメさんの曾孫の鳥濱拳大氏が心を込めて手作りした割り下をそのまま使用しています。

靖國八千代食堂webサイトから引用

鶏肉を使わず、卵と玉ねぎだけで仕上げられた素朴な丼は、
どこか懐かしく、まさに“母の味”と呼ぶにふさわしい味わい。

この一杯には、戦中・戦後を生き抜いた世代が守り続けてきた
**「家庭の温もり」と「命の尊さ」**が静かに息づいています。

参加者からは、

「優しい味で涙が出そうになった」

「どんな高級料理より心に残る」

という声も。

派手さはなくとも、食べる人の心と体を包み込むような一膳に、全員が自然と笑顔を見せていました。

食事を通して感じた平和のありがたさ

靖国神社での昇殿参拝を終え、この“たまご丼”をいただく時間は、
単なる昼食ではなく、**「命をつなぐ時間」**でした。

「食べられること」

「語り合えること」

「今日という日があること」

そのすべてが、平和の象徴であり、感謝の対象であることを改めて実感しました。

編集後記 〜櫻花同士會 令和7年度 研修旅行を終えて〜

市ヶ谷駐屯地・市ヶ谷記念館

静かな記念館の中で、戦後日本の出発点に触れた時間でした。
過去の重みを感じながらも、そこには確かに「未来へ託された希望」がありました。

国の礎を築いた人々の志を胸に刻み、私たちが守るべき“平和の形”を改めて見つめ直すきっかけとなりました。

大本営地下壕

ひんやりとした空気の中、壁に残る無数の痕跡が静かに語りかけてきました。
戦争を終わらせるという決断が下された場所——その事実の重さを肌で感じ、

「平和とは、光を浴びて歩けることなのだ」と実感しました。
市ヶ谷の地下に眠る記憶は、今を生きる私たちへの静かな教えです。

館山航空基地

館山の海風の中で見たヘリの姿は、力強くも美しいものでした。
防衛・救助・観測——そのすべてが“守るための行動”であることを、

実際の現場を通じて深く理解することができました。
青空を見上げるたびに、あの日のエンジン音が胸の奥に響きます。

館山温泉「千里の風」

静かな波音とともに過ごした夜。展示されたYOSHIKIのドラムが語る“夢の原点”と、
温泉のぬくもりが心に残りました。

仲間と語り合い、笑い合う時間の中に、研修を超えた“人のつながり”の温かさを感じました。

木更津駐屯地・航空祭予行見学

轟音とともに空を駆けるヘリの編隊。
その迫力の中に見たのは、ただの訓練ではなく「日常を支える使命感」でした。

隊員一人ひとりの姿に、静かな誇りと責任が宿っており、
私たちもまた、自分の持ち場で誠実に努めようと心新たにしました。

靖国神社 昇殿参拝

静寂の中で、平和を生きる今への感謝と、過去への祈りが重なり合いました。

この瞬間こそ、心で伝える「ありがとう」の形。
歴史の重みを背に、私たちが歩むべき道を見つめ直す時間でした。

八千代食堂「たまご丼」

華やかではなくとも、心に残る味がある。
ふんわり卵の優しい甘さに、“母のぬくもり”と“祈り”を感じました。

「食べられること」「語り合えること」——それこそが平和の証。
靖国の境内でいただいた一膳は、言葉ではなく“想い”で味わう料理でした。

総括 〜過去と未来を結ぶ旅〜

今回の櫻花同士會研修旅行は、
**「学び」「祈り」「絆」**の三つの軸で構成された、かけがえのない時間となりました。

市ヶ谷の地下で「戦争の終わり」を知り、

館山の海と木更津の地で「平和を守る力」を感じ、

靖国の社で「命の尊さ」を見つめた——。

それぞれの訪問地が、異なる角度から同じ答えを教えてくれました。

それは、**“今を生きる私たちが平和を引き継ぐ責任を持つ”**ということ。
静けさの中で交わした言葉、笑顔、そして祈り。

すべてが、次の時代へとつながる一歩となりました。

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